高松高等裁判所 昭和57年(ネ)97号 判決 1982年6月16日
控訴人(付帯被控訴人)……以下控訴人という
木村喬
右訴訟代理人
佐藤進
被控訴人(付帯控訴人)……以下被控訴人という
蓮井武
右同
蓮井ナギサ
右両名訴訟代理人
西尾文秀
主文
本件控訴並びに付帯控訴を各棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とし、付帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。
事実
第一 申立
(控訴人の控訴)
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(被控訴人らの答弁)
本件控訴を棄却する。
(被控訴人らの付帯控訴)
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人蓮井武に対し金二三〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和五六年二月八日から完済まで年五分の割合による金員を、同蓮井ナギサに対し金三二五万円及び内金二七五万円に対する昭和五六年二月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
(控訴人の答弁)
本件付帯控訴を棄却する。
第二 主張と証拠
当事者双方の主張と証拠は次のとおり付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからそれをここに引用する。
(控訴人)
1 被控訴人武は間接被害者であるから民法七〇九条七一〇条による慰藉料請求権はなく、妻の流産程度の身体傷害では武固有の慰藉料請求権は発生しない。
2 仮に右の主張が理由がなくても武に対する慰藉料と被控訴人ナギサに対する慰藉料認容額は多額に過ぎる。
(被控訴人ら)
1 原判決が被控訴人らに認容した各慰藉料額は諸般の事情を考慮すると低きに過ぎる。
2 また原判決が認容した各弁護士費用額は本件事案の内容、難易等の各事情を考慮すると低きに過ぎる。
理由
一本件に対する当裁判所の事実認定と判断は原判決説示の理由と同一であるからそれをここに引用し、次の説明を加える。
1 控訴人は、胎児の流産につき被控訴人武は間接被害者であるから民法七〇九条七一〇条による慰藉料請求権はないというが、当裁判所の引用する原判決が説明しているように被控訴人武は妻の被控訴人ナギサが妊娠していることによつて自分と一番血縁の深い子供を得られようとしていたのに控訴人の不法行為のため妻のナギサが流産を余儀なくされ、当然得られるはずであつた子供を失つたのであるから、この場合の被控訴人武は本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害の直接の被害者であると解するのが相当でこれを間接被害者だという控訴人の主張は採用できない。
胎児は独立の権利主体でなく、流産はその妊娠していた母親だけが直接被害者であるとし、父親を直接被害者とみない見解もあり得るが、民法第七二一条は胎児は損害賠償の請求権については既に生まれたるものとみなすと規定して胎児を特別扱いしているのみならず、流産に伴う生理的病理的苦痛は父と母で異なるが、胎児を失つたということ自体の苦痛については父と母を区別する理由がないことは出生後の子供を失つた場合と同じであるから妻の流産によつて胎児を失つた父の苦痛を間接被害だという主張は採用できない。
2 妻の流産程度の身体傷害自体によつては夫に固有の慰藉料請求権を発生させないという控訴人の主張は本件の被控訴人夫婦の場合はあてはまるが、流産の苦痛でも生命侵害に比肩しうる場合もあり得るからこれを一般化し常に夫の慰藉料請求権を発生させないとすることはできない。しかし当裁判所の引用する原判決は妻の身体傷害を理由としてでなく、胎児を失つたことを理由に被控訴人武に慰藉料請求権を認めたものであるからこれ以上言及の要はない。
3 本件当事者は双方とも原判決が認容した慰藉料の金額が不相当だというが、当裁判所はこれを相当と認めるので、それに関する双方の控訴、付帯控訴はともに理由がなく、また原判決認容の弁護士費用も相当であると認めるからこれらを不相当とする付帯控訴も理由がない。
二よつて控訴人の本件控訴、被控訴人らの付帯控訴はともに理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(菊地博 滝口功 川波利明)